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協力して馬に乗る

人類の歴史がアフリカから始まったというイッパン的な見方を横に置いておいた、非現実の話。

もし今の人間が、元を正せば(例えば)100くらいの器の複製だったとすると、はじめの「器の元」しかいない状態と、ずっと後になって「器の複製」がたくさんいる(今の)状態とで、何かを実行しようとした時にどうするべきかは異なることになる。

人間が少なくて元しかいない場合は、元はその目的を果たすため、ふんだんに資源を使うことができる。
例えば、馬に乗りたいと思えば、元は簡単に乗ることができる。
けれど複製が馬よりも多くなった場合、1人が1頭の馬を手に入れることはできない。
つまり、複製が限りなくいる場合に馬に乗らなければいけないのであれば、自分がどの複製たちと同じ器なのかを知って、同じ器の複製たちと協力して馬に乗る必要がある。
どの複製と同じ器なのかは、簡単にわかる場合があるようにも思えるし、目的に応じて変化するようにも思える。

それから、強い器の元は、その分複製も多くなる。なので、複製が少ない者よりもたくさんの力を借りられる可能性が高い。個の力が数に変換されることになる。
しかし、数の分だけそれぞれの決定があるわけだから、一定の数が一定の方向に向かえなければ機能しない。
これは、言い方を変えると、それを実行するかどうかたくさん精査されることになったわけで、自分たちにとってよりよいことを選ぶ可能性が高くなったのではないかと思う。
一方で、人間のキャパを越えた精査が進歩の足を遅くしているようにも思える。かといって犠牲が必要だとも思わないけれど。

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