感受性について
- Date
- 2008-05-13 (火)
- Category
- 日記
電車の吊革につかまってボリュームを控えめに音を聴くより、楽な体勢になり眼を閉じてそれなりの音量で聴いた方がプリミティブに感動できる。
つまり、邪魔な感覚が多いほど感じ方は鈍くなる。
もし、視覚や聴覚、触覚、味覚など、その人が一度に感じられる量の総和が一定だとしたら、聴覚にだけチューニングした方がより多くを受けとれるということだ。
こう考えたとき、もしかしてゴッホが耳を落とした理由もそうだったのではないだろうかと思った。ただでさえあんなに情熱的に世界を感じていたのだから、チューニングしたらとんでもないことになる。
などと勝手に想像してみたが、調べてみたら全然違う理由だった。
※実際にはゴーギャンに自画像の耳の形がおかしいと言われたためで、切り落としたのも左耳のみだった。
ちなみに、映像と音がマッチした時にも感動があると思うけれど、これはそれぞれがそれぞれを補助しているわけで、何かを見て本当に感動しているとき、耳は何も聞いていないし、音を聞いて感動しているときに眼を開いていても何も見ていないと思う。
そういう意味では、本当に感動できる音は電車の吊革につかまっていても圧倒的に迫ってくるわけで。そんな芸術にいっぱい触れて、感性を磨きたいものだ。
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- 21:2009-09-19 (土) 04:29
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